しだれ桑とまちづくり

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| <はじめに> 当時、私たちは梁川町のシンボルとして「しだれ桑」を掲げ、「まちづくり」をしようと考えていました。街路樹にしだれ桑を植栽すれば「おらがまち」意識形成に大きなインパクトを与えるのでは?と。梁川の地に育ち、別地に就職し、永住地を築いても、帰ってみたくなる風景をつくる。梁川町の「におい」をシンボライズされた形で残していきたい…。以下は、その原文のままの提言書です。 ※(画像の一部は入れ替えあります。ご了承ください) 結果は?末尾に書いています。 (この項 平成15年2月更新) |
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| 以下原文(平成6年度提出) | ||
| T-付則−(1). 今、なぜ桑なのか? | ||
![]() 福島県蚕業試験場梁川分場にある樹齢100年のしだれ桑 |
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●「まちづくり」と桑● 「まちづくり」の担い手は地域の人々であり、地域の人々の重層的な組織化によりそれは達成される。日本一の“しだれ桑”が、人々に梁川の伝統と誇りをもたらすとともに、「世界に例を見ない街路樹」として使用する“幼年の桑”(注1)は、新しい梁川の文化のシンボルとして子供たちも含めた地域の人々の重層的ボランティア活動によって、“自分のまち意識”とともに育て上げられる。それは、全国一律的な“はなみずき”では決して育て上げられるものではない。 |
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●行政の責任● 行政に関わる人たちは、維持管理の問題の最終的な責任は、われわれにあるという。そして、彼らは“桑”には責任を持てないという。しかし、くりかえしになるが、“まち”を美しくするのは、そこを利用する人たちではないのか?むしろ、地域の人たちの心の中に“まち”を愛する気持ちを育て上げる事にこそ、行政の責任があるのではないか。おそらく、今後の行政のあるべき姿がここに内包されていると思う。 |
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●住民の責任● 神戸の大震災は、大変不幸な事であった。しかし、今後神戸は大きく伸びていくだろうことは、多くの人たちが指摘するところである。それは、なぜか?隣のありがたみが、身にしみて分かったということである。隣同士が仲良くなったということである。地域住民が、本来の意味での“自治”を取り戻したからである。大変不幸な事であった。そして、二度とあってはならない事であるが、その時われわれ地域住民は、本来の意味での“自治”について大いに学ぶべきだったと思う。 |
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●行政の責任再び● また、行政に関わる人たちも、「自治体」という言葉の本来の意味を学ぶべきだったと思う。 財政難が叫ばれる中、本来の意味での“自治”の立ち上がりを期せずして、今後、政(まつりごと)などできるはずがないと思う。今後の行政の責任は、本来の意味での“自治”の立ち上がりを育成することにこそある。安価な政治をめざして。 ここで、問う。地域住民と行政に関わる人たち全てに。「“まち”は、誰のもの?」と。 まず第一に、われわれ地域住民の大いなる反省と実際行動が、今こそ必要と思われる。しかし、それ以上に、行政者もまた、このことを強く認識し、行動すべきだろうと考える。 |
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| ●まちづくりの継続性●
われわれの “まちづくり”は、当然、単年度で終わるものではない。市民意識の向上とともに、桑は育ち、桑の成長とともに、“まちづくり思想”が成長する。 このことは、できるのかできないのかの問題ではない。やらなければならないのである。 たとえば、今、日本人が、国際化の流れに大きく取り残されようとしているとすれば、「伝統を守る。」、「自分のまちに誇りを持つ。」、「自分のまちを好きになる。」など、この小さな思想が希薄だからではないのかと思われる。“市民意識”、“まちづくり思想”の育成なくして、地球規模の環境問題を論ずるとすれば、小手先の技術論になってしまう。ここでの本題ではないが、その結果として、日本人の国際的孤立化が現実のものとなるとすれば、それだけは避けたいものである。 ともあれ、われわれの“まちづくり”は、グロ−バルな視野をもって、永遠に継続させていかなければならない。 |
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| (顛末) 結局、しだれ桑は、街路樹として取り上げられませんでした。 はなみずきを植栽した場合、1本50万円。しだれ桑の場合、我々が育てるのですから移植費のみ。 なんと1本につき40数万円の節約につながるにもかかわらずである。 その理由1>町民に街路樹の管理を任せられない。危険だ。道路管理者として責任をもてない。 その理由2>………?忘れました。多分、考えたくもないいやな理由です。多分… 。 |
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| 2003/02/11 感想文 ※少し最終結論に論理的飛躍がありますが、これは自分としてはかなり興奮している状態で書いている感じで決して悪くないと自画自賛しています。この当時、行政のありように対してはかなり怒りを感じていました。 なぜ、街路樹として桑が採用されなかったのか?ここではあくまで推理の域を出ませんので書くことはできませんが、別サイトで何らかの形で書いているかもしれません……。 |
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| 私たちの「まちづくり」−序文− 私たちの「まちづくり」「商店街活性化」の序文 |
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| 桑のある風景 2005/08/30 記 さて、とはいえ我々の育苗した「しだれ桑」は40本ほど残されました。 そのうち1998年に1本、2001年、2002年に各一本づつ管理人自宅に移植されましたが、2003年そのうちの1本を枯らしてしまいました。2005年6月もう1本を移植。現在に至っています。 その間、しだれ桑を管理してくれているのは、ヒグチエレニカさんです。 そのほか仲間たちの植栽されている場所は、「本町商店会」にありますが、それも随時紹介していく予定です。こちらは→「もとまち商店会」非公式ページ(未完成)です。 「桑のある風景」(未完成)管理人が仕事の途中等でであったしだれ桑たちの紹介ページです。 以下、関連ページ 「マルベリーの庭の桑」 「伊達しだれ桑ネットワーク」 |
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| 注1) 幼年の桑 基本的には、地域住民が苗を作るところから始まらなければ意味がない。全てをとおして、「俺のもの」意識の醸成こそが基本である。数センチの苗から街路樹が始まる……。前例のないことではあるが、前例の無い良い結果を生むものと思う。子供たちの学年組の名前をつけてもいい。保育園の名を冠してもいい。その日生まれた子供の個人名でもいい。 注2) 害虫の発生で桑の管理は大変? これは大変な間違いである。夏の剪定さえしっかりして、風とおしを良くしておけばアメシロなどの発生は全く無い。むしろ他のどの植栽よりも害虫の発生は無いといっても良い。 夏剪定も基本的には1回で済むし、町内会を主体とし、婦人会、子供育成会等と連携を図り、剪定、除草、ゴミ拾い、剪定クズのリサイクル、資源ごみのリサイクル活動そして花いっぱい運動などのボランティア活動をミックスさせれば、面白いパフォーマンス活動になるのではないか?それは、春夏秋冬終わりの無いリサイクル「お祭り」となる。 成果物は、このまちの街路樹は「俺(私)が植えた。」「俺(私)がきれいにしている。」という「まちづくり意識」。 そして、甘い「クワゴ(桑の実)」か?クワゴはかなり早起きしないとヒヨドリに食べられてしまうが……。 他に成果物はいろいろある。「美しい花」「きれいなまち」などなど。 また、街路の落ち葉拾いは子供たちにさせられないので大人がやるとして、公園の落ち葉拾いを子供たちにさせて、落ち葉で焼き芋ってのも良いだろう(焚き火は現在、為政者からクレームがつく?馬鹿馬鹿しいことですが、ご法度かな?)。 この項:2005年11月 記 |